2006年11月02日

Indian Pacific (インディアン・パシフィック号) の旅 (Perth へ帰着編)

# この記事で書いている内容自体は 2006/11/02 〜
# 2006/11/03 の出来事です。

--

列車が Perth に近づいてきました。何とも悲しい気分
になってきます。

車内でお仕事 (?)
車内でお仕事 (?)

最後になって、我々の乗っていた D 号車の担当乗務員
の方が、乗車証明書を配りに来てくれました。残念なが
ら全区間を通して乗れませんでしたが、よい思い出にな
ります。

乗車証明書をもらって喜ぶ奥村
乗車証明書をもらって喜ぶ奥村

そして East Perth 着。到着前にアナウンスがあり、
今日中に Sydney へ向かう飛行機に残席がいくつかある
ので、急ぐ人は申し出るようにとのことでした。我々は
急いでいないので、その日はパースに泊まり、翌日の飛
行機で Sydney へ戻る選択をしました。
列車が到着しても、当日の飛行機を選択した人や、自分
で帰れる人以外は、Perth での宿の手配、Sydney へ向
かう飛行機の手配などができ次第案内するので、列車内
で待つようにとの指示がありました。

とりあえず、チェックインしていた荷物が帰ってくると
いうことだったので、取りに向かいます。

ホームの駅舎のある方へ向かうと、チェックインしてい
た荷物を載せた台車が、列車のように何両もつながって
置いてありました。この台車にも "INDIAN PACIFIC" と
1 つ 1 つに書いてあるのがちょっと面白かったです。

チェックインしていた荷物を載せた台車
チェックインしていた荷物を載せた台車

Indian Pacific 号には、自家用車を積める車両が 2 両
連結されています。ここに車を積んでいた人達の車を下
ろす作業もしていました。日本でも自家用車を積んで一
緒に旅行できる列車が一時期あったのですが、今はなく
なってしまったので、日本では見れない光景です。

自家用車を下ろしているところ
自家用車を下ろしているところ

Perth の宿、East Perth 駅から宿までの移動手段、
Perth → Sydney の飛行機、宿から空港までのタクシー
は全て Indian Pacific 号を運行する鉄道会社である
Great Southern Railway が手配してくれました。その
うち、Perth → Sydney 飛行機代以外は支払いも Great
Southern Railway 持ちでした。飛行機代がいくらにな
るのかはこの時点ではわかりませんでしたが、後ほど列
車の料金から飛行機代を差し引いた金額がクレジット
カードに戻ってくるということでした。もちろんチケッ
トの手配をした ATS (Australian Tour Specialist) 社
経由で連絡があり、実際に返金があったのですが、
Perth → Sydney の飛行機は、自分では買わないような
かなり高い料金でした。当日手配なので仕方ない点もあ
りますが、もう少し安い飛行機を手配して欲しかったで
す...

また、行使できる可能性はほとんどありませんが
2007/12/31(月) まで有効な、次回の Great Southern
Railway での旅行が半額になる権利をもらいました。

携帯電話の電話番号を聞かれたので伝えておきました。
その日のうちに翌日の飛行機の時間や、空港まで行くバ
スについて連絡があるということで、まずホテルへ移動
します。

鉄道会社が手配してくれた Perth の宿は、Medina とい
うホテルです。我々が泊まっていた Aarons よりかなり
高級なホテルで、しかもスイートルームでした。
(Aarons もホテル側の事情でアップグレードされてス
イートでしたが、豪華さが全然違いました)

Medina Hotel の客室 (リビングとキッチン)
Medina Hotel の客室 (リビングとキッチン)

Medina Hotel のベッドルーム
Medina Hotel のベッドルーム

食事は miss maud という Perth 2 日目の朝食を食べた
のと同じ Buffet へ行きました。

miss maud のバフェはこんな感じです。

サラダコーナー
サラダコーナー

チキン
チキン

暖かい料理のコーナー
暖かい料理のコーナー

カレー
カレー

お魚 (日本のようなお酢の利いた味でした)
お魚 (日本のようなお酢の利いた味でした)

私のお皿 (trip 1)
私のお皿 (trip 1)

妻の皿 (trip 1)
妻の皿 (trip 1)

デザートコーナー
デザートコーナー

2 人とも 3 〜 4 回料理を取りに行き、さらにデザート
も食べて、満腹でレストランをあとにしました。ホテル
まで帰る途中、カンガルーの親子を見つけました。

Perth の街中で見かけたカンガルーの親子
Perth の街中で見かけたカンガルーの親子

結局この日のうちには鉄道会社から電話はかかってきま
せんでした。翌日の飛行機の時間がわからないまま、若
干不安に思いつつ寝床に就きました。

翌朝起きて、朝食を取りにおりていくと、ロビーに
Indian Pacific 号で見かけた覚えのある他の乗客の人
がいて、フロントの人となにやら深刻そうに話をしてい
ます。聞いてみると、鉄道会社からホテルのフロントに
連絡があり、その時間からでは明らかに間に合わない時
間の飛行機の時間を伝えられて、それに乗るようにとい
う案内があったそうです。我々を含め 3 組の乗客が同
じ状態になっていました。前日夜に連絡があれば、それ
に合わせて早く起きたかも知れませんが、3 組とも朝に
なってから伝えられたので、空港へ行くのは不可能で
す。ホテルの人も同情してくれて鉄道会社との交渉を引
き受けてくれて、午後の便に変更してくれました。
また、ホテルまでバスが迎えにくるということだったの
ですが、タクシーチケットをそれぞれの家族がもらい、
自分で行くということになりました。

最後までドタバタしつつ、タクシーで、今度こそ本当に
Perth の街をあとにします。

同じホテルでは先ほどの 3 組のゴールドカンガルーク
ラスの乗客しか見かけませんでしたが、空港に行くと同
じ便を待っている乗客の中に、レッドカンガルークラス
の車両で見かけた人が何人かいました。レッドカンガ
ルークラスの人にもホテル、飛行機の手配は行われたよ
うですが、やはり元の料金に応じたクラスわけがあった
ということなのでしょう。

離陸した飛行機から見た Perth の街
離陸した飛行機から見た Perth の街

機内食
機内食

Perth への往路でもそうでしたが、Perth → Sydney の
便でも、機内食の他に、アイスクリームが出ました。

機内アイス
機内アイス

ということで 3 泊 4 日大陸横断の鉄道旅行となるはず
が、1 泊 2 日でカルグーリまで、片道約 10 時間を往
復しただけで終わってしまいました。

費用、必要な時間の面で、二度と乗車チャンスがないか
も知れない旅行だったので、本当に残念です。特にこの
旅のハイライトと言うべきナラボー平原 Nullabor
Plain へ入らずに戻ってしまったことが非常に心残りで
す。
いつかまた乗りに来て、全線乗車したいと思いつつ、今
回の旅は終わりを告げたのでした。


posted by Okumura at 23:50 | ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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