寝台急行銀河が廃止になるというニュースを聞いて、
2008/01/19(土) 〜 01/21(月) に乗り納めに行って来ま
した。往復銀河の 0 泊 3 日旅行です。
まずは相模原から東京駅へ行きます。銀河は 23:00 発
ですが、明るいうちい移動して色々写真を撮ったりしま
した。
その後、上野駅へも移動して写真を撮りました。
銀河で大阪に到着後は、帰りの銀河までの時間を利用し
て、余部鉄橋を見に行ってきました。
むちゃくちゃ長いですが、銀河、余部鉄橋、東京駅、上
野駅、大阪駅という順番で書いてみました。
実際に廃止される 2008/03/14(金) までには、この日記
を書き上げたいと思っていたので、なんとか間に合って
よかったです。
銀河 (往路)そんなわけで、東京駅から銀河に乗車です。23:00 発な
のに 22:27 にホームに上がっていくと、なんと既に入
線していて、入線時の写真を撮ることができませんでし
た。以前は同じ出発時刻でももっと遅い時間に入線して
いたはずなのですが、少し前に 22:23 に変わったんだ
そうです。22:00 には一度ホームに上がって、サンライ
ズ出雲の写真を撮ったりしてたのですが、まだ時間があ
ると思って食料調達に行ってて、入線を見逃してしまい
ました。入線の様子も見たいと思っていたのに、失敗し
ました。
もうすぐ廃止される銀河は、いまや鉄道ファンにとって
のスターなので、ホームには私のように実際に乗車する
人だけでなく、写真撮影だけを目的にしていると思われ
る人も多数詰め掛けていました。最終日が近づくにつれ
て、さらにものすごい事になっていくのでしょう。
銀河に群がる人々

下り銀河のテールマーク

このテールマークを入れた編成写真を撮る時も左右は同
じように写真を撮る人でいっぱいです。少し後ろに下が
るとこんな感じです。
銀河に群がる人々

北斗星同様、銀河の車体もボロボロです。JR はブルー
トレインの車両に関しては、運行に耐えるぎりぎりの線
以上には整備する気がないようです。可哀想な銀河ちゃ
ん...
ボロボロの車両


入線後機関車が回送されて連結されます。東京駅は機関
車との連結部より前は立ち入り禁止なので、後ろの柵に
大勢の人が群がって連結作業を見守ります。
機関車連結作業

北斗星同様銀河の電源車の荷物車兼用ですが、荷室には
何もありませんでした。
荷物室は空っぽ

入口は昔の車両っぽい段差があります。銀河は車両の償
却コストは 0 円で、単独では決して赤字ではないと思
うのですが、銀河を存続させるには、バリアフリー関連
の規制が法制化されて対応を進めなければならないた
め、そのための車両更新のお金を出せるほど儲かっても
いないというような事も、廃止の判断につながっている
ものと思われます。
入口の段差

B 寝台車の通路は、昭和の薫りが漂っています。まぁ、
この通路に限らず、銀河は全て昭和の薫りに包まれてい
ます。
B 寝台の通路

今回お世話になる B 寝台下段です。今回は座席の状態
のままシーツなどは畳んで置いてありました。かなり前
に乗った時は、乗車した時点でシーツ、ふとんが広げら
れて寝台の状態に既になっていたような記憶があるので
すが、私は何かと混同しているのでしょうか?
B 寝台下段寝台

B 寝台上段は、折りたためる構造の車両もありますが、
この車両の形式は、折りたたむ事ができない構造です。
このタイプの寝台は、上段からは窓の外の景色が全く見
えません。
B 寝台上段寝台

B 寝台の通路には簡易座席があります。
通路席 (たたんだ状態)

通路席 (広げた状態)

通路席でくつろぐ人々

座席として使う時は肘掛になっている部分は、机として
使う事もできます。
枕元机 (たたんだ状態)

枕元机 (広げた状態)

寝台列車なのでトイレは普通の特急車両より数が多く、
各車両毎にあります。和式でしたが、個室は 2 つあっ
たので、もう 1 つは洋式になっているのかも知れませ
ん。
和式トイレ

トイレの網棚

トイレ内も昭和そのままという感じなのですが、なぜか
トイレットペーパーホルダーだけが妙に新しくなってい
ました。もしかして以前はペーパーが設置されていなく
て、自分でティッシュを持ち込まないと行けなかったん
でしたっけ?
妙に新しいペーパーホルダー

洗面台も車両に 2 つづつあります。朝はそれなりに込
み合います。蛇口は車両に積まれている水の量に限りが
あることから、流しっぱなしにできないタイプになって
いて、さらにお湯の方はそれなりに熱いので、なかなか
操作が難しいカランです。
使いにくいカラン

東京駅で駅弁を食べてあったのですが、お腹が減ると
思って軽食を買っておきました。肉の万世のかつサン
ド、その名も「万かつサンド」です。シンプルながら
なかなか美味しくいただけました。
万世の万かつサンド

朝食も東京駅のサンピエロで買っておいたパンです。
サンピエロのポティッテェ

興奮して寝れないかと予想していましたが、意外にちゃ
んと寝れました。大津の少し前で目が覚めました。京都
をすぎたあたりで身支度を整え定刻どおりに大阪到着。
乗車時間が短くて、さよなら乗車には物足りない感じが
残ります。
お世話になった寝台

大阪駅でも大勢の人が写真を撮っていました。
銀河に群がる人々

大阪駅の出発案内板には、到着列車である銀河の名前が
ちゃんと書いてありました。普通到着列車は「当駅止ま
り」ということだけ書かれて、列車名は出ていないと思
うのですが、大阪駅は全部の列車がこうなのでしょう
か?
銀河の当駅止到着表示
銀河 (復路)大阪へ銀河で到着した日の夜、大阪から再び銀河で帰り
ます。大阪駅に入線してきた時も銀河は大人気で、大勢
の人が写真を撮るために群がっていました。
銀河に群がる人々

発車 40 分ぐらい前に入線してくる東京駅と違って、入
線するとすぐに発車してしまいます。乗車する人が写真
を撮るのはなかなか大変ですが、私も群がる人々に混じ
り、これから最終乗車となる銀河ちゃんの勇姿を撮りま
した。写真はコンパクトデジカメなので大した写真が撮
れるわけでもなく、こんな程度です。
上り銀河のテールマーク

もうすぐ見れなくなる急行銀河東京行きのサボ

この日の銀河のカマは EF 65 1106

復路は A 寝台下段を奢りました。通路の左右に寝台が
並んでいます。
A 寝台車の通路

往路の B 寝台はシーツが敷かれていませんでしたが、
こちらはシーツが掛けられた敷布団のようなものが既に
敷かれていました。これは A 寝台だからなのか、大阪
発の列車だからなのかは不明です。
A 寝台下段寝台

私は A 寝台は上段には乗ったことがありますが、下段
は初めてです。B 寝台に比べると、A 寝台はベッド幅が
広くてなかなかいい感じです。A 寝台下段は向かい合わ
せの椅子をそれぞれ引き出して、座面だった部分と背も
たれだった部分を平らにしてベッドにしているので、完
全な平面ではなく少しデコボコしていますが、思ったほ
どではありませんでした。上段には小窓しかないのに、
下段は大きな窓を独占できます。
A 寝台でくつろぐ奥村

入口側 (2 号車側) の車端には、ミニ・ロビーがありま
す。前回銀河の A 寝台 (上段ですが...) に乗った時も
このロビーに来るのを忘れていて、下車間際に見て「次
回はここも使うぞ」と思っていたのに、今回も結局乗る
時に見てたのに、使わず仕舞いでした。しまった...
A 寝台車車端のミニ・ロビー

A 寝台車の洗面台は、使いにくい旧式の蛇口のままだっ
た B 寝台車と違い、自動水栓になっていました。
A 寝台車の洗面台

洗面台のあるデッキ部分には、水量計がありました。ほ
ぼ満タンです。
水量計

帰りも意外によく寝れて、起きてしばらくすると大船で
した。横浜を過ぎたあたりで身支度して、ほどなく東京
到着です。あっと言う間の、さよなら銀河乗車でした。
東京駅で銀河のサボが回送になるまで回している途中
で、あさかぜの文字が一瞬見れました。
東京駅で一瞬見れたあさかぜサボ

2008/01/20(日) 夜出発の銀河で帰ってきたということ
は、この日は 2008/01/21(月) で平日です。このまま会
社に行ける時間ですが、銀河では興奮して寝れないだろ
うと思っていたので有給休暇を取ってありました。ラッ
シュには少し早いのですが、東京駅近辺は金融系の会社
も多いためか、けっこうな混雑でした。丸の内オアゾの
地下を歩いていたら中華粥屋を見つけたので、そこで軽
く朝食を食べてから帰りました。
中華粥で朝食

こんな感じで、さよなら銀河の旅は終わりました。銀河
ちゃん、バイバイ。
余部鉄橋往復銀河に乗ることだけが目的のこの旅行ですが、大阪
でまる一日時間があります。どこで時間を潰そうかと考
えた結果、餘部駅まで往復して、余部鉄橋を見に行く事
にしました。新しい橋の工事が始まっていますが、まだ
基礎などの工事だけなので、全体が見れる最後のチャン
スでもありました。
大阪からは北近畿で城崎温泉へ向かいます。行先別にど
んどん新造車を作っている JR 東日本と違って、JR 西
日本は物持ちが良いというか、ケチというか、エコロ
ジーというか、国鉄時代の特急電車 183 系がバリバリ
活躍中です。(エコロジーという点では、エネルギー効
率は最近の車両より悪そうですが)
北近畿 183 系電車

北近畿の 183 系電車には、日本国有鉄道のプレートが
ついたままでした。
日本国有鉄道のプレート

車内に入ると、1 席ごとについているヘッドレストカ
バーに「北近畿ビッグネットワーク」のロゴが入ってい
ます。
北近畿ビッグネットワークのロゴが入ったヘッドレストカバー

このヘッドレストカバーは、チケットホルダにもなって
います。ここに特急券をはさんでおけば、寝てしまって
も検札時に邪魔されないというわけです。盗まれちゃい
そうな気も少しします。
チケットホルダ

北近畿はけっこうたくさん走っていて、何度もすれ違い
ます。乗客も多く、儲かってそうな感じです。
別の北近畿と行違い

城崎温泉へ到着する直前、山陰本線は円山川という川の
左岸を走りますが、川の大きさにしては大きな土砂運搬
船が走っていました。流れのある川で、こんな重そうな
ものを曳いて走るタグボートの操船は難しそうです。ス
ゴいなぁ...
円山川を行く土砂運搬船と、それを曳くタグボート

城崎温泉からは気動車 (ディーゼルカー) の普通列車に
乗り継いで餘部駅を目指します。
浜坂行き普通列車

ローカル線でほとんどが無人駅であることもあり、路線
バスのように整理券発行機がついたワンマン運転です。
入口はローカル線であることに加え、北国なので、当然
のドアボタン付きです。
ワンマン、かつ、ドアボタン付の列車

車内は意外に込み合っていて座れませんでした。どうせ
前方の景色を見るため立っているつもりだったのです
が、構造的に前方が見にくい車両である上に、先頭のい
わゆる「かぶりつき」の場所には既に先客がいたため、
横の窓から時折見える日本海などを眺めていました。そ
うこうするうちに、餘部駅の 1 つ前の鎧駅に到着で
す。
鎧駅

鎧駅を出て 2 つほどトンネルを抜けると、そこは余部
鉄橋の上です。
余部鉄橋の上から撮った写真を後で見返して見ると、後
で鉄橋の全景写真を撮影する時にどうしても写りこんで
しまっていた小学校や、新しい鉄橋の工事現場などが見
えていました。
余部鉄橋上の車両からの風景

余部鉄橋上の車両からの風景

進行方向左手前方の山の中腹には、余部鉄橋撮影ポイン
トとして知られるお立ち台があり、カメラを構える人が
数人いるのが列車から見えました。
余部鉄橋上を走る車両から見た鉄橋撮影ポイント

鉄橋はあっという間に通過し、餘部駅に到着です。ロー
カル線のひなびた駅なのに、けっこうな人数が降りまし
た。
餘部駅

駅舎は、いかにも地方の無人駅という感じの掘っ立て小
屋だけで、昭和の残像のような感じです。ゴミ箱がちゃ
んと分別回収対応になっているのが不思議に感じられる
ほどでした。
餘部駅のゴミ箱

餘部駅ホームから来た方向を見ると、そこに余部鉄橋が
あります。こうやって見るとあまり鉄橋があるという感
じがしませんが、ホームの尽きたあたりから先はすぐに
鉄橋です。
餘部駅ホームから見た余部鉄橋

駅から出て少し下ったところから撮った余部鉄橋です。
鉄骨トラスがステキです。
余部鉄橋

駅の山手側には、先ほど列車から見た有名な撮影ポイン
トへの上り口があります。
余部鉄橋撮影ポイントへ登り口

撮影ポイントへ上っていくと、ちょうど特急はまかぜが
通過するところでした。私は餘部駅の時刻表しか把握し
ていなくて、この 30 分ぐらい後にくる普通列車を撮影
するつもりだったのでのんびりしていたら、餘部駅を通
過する特急列車が来たので、あわてて撮りました。なの
で、この写真は撮影ポイントまで上りきれておらず、少
し下の上り道の途中から撮影しています。あと、駅の近
くで 50 歳代ぐらいのサラリーマン風の人に「もうすぐ
列車が通過するんですか?」と聞かれて、「いえ、30 分
ぐらいは来ませんよ」って答えてしまいました。その人
は車でたまたま通りがかって、駅まであるいて上がって
きたようなのですが、そんなに待てないという感じで、
そのまま余部の街へ下りていってしまいました。たぶん
下りる道の途中で特急列車の通過を見て「だまされた」
と思ったはずですが、私は本当にこの列車の通過の事は
知らなくくて、次の列車は 30 分後の普通列車だと思っ
ていたので、だましたわけではないのです。ごめんなさ
い。
余部鉄橋を通過する特急はまかぜ 181 系気動車

はまかぜが通過すると、撮影ポイントにいた人々は全員
降りてきて、その人々と入れ替わりで撮影ポイントへ上
がりました。撮影ポイントには誰が作ったのか木製のテ
ラスのような構造物があり、そこに三脚を立てていい感
じで余部鉄橋の写真が撮れます。
鉄橋撮影ポイントのお立ち台

しかも親切な事に、通過する列車の時刻表が掲示されて
います。
鉄橋撮影ポイントにある便利な時刻表

そして、撮影ポイントから撮った写真です。この構図は
とてもスバラシイのですが、あまりにも見たことがあり
すぎて、はじめてここに来たのに、まったく新鮮に感じ
られませんでした...
鉄橋撮影ポイントから見た余部鉄橋

有名な構図を撮影したところで、余部の街へ下りてみま
す。駅へは車でこれるような道はなく、簡単に舗装され
てはいるものの、登山道といってよいような小道がある
だけです。
餘部駅から集落へ下りる道

この道は余部鉄橋の下をぬうように下っていき、途中か
らも鉄橋の姿が良く見えます。
餘部駅から集落へ下りる道の途中から見る余部鉄橋

餘部駅から集落へ下りる道。くねくねと橋の下を 2 回くぐる

余部鉄橋の真下をくぐる場所から橋を見ると、その構造
が非常にいい感じで見れます。
幾何学的な模様が美しい橋脚

餘部駅から集落へ下りる道をさらに進んだ所から見た余部鉄橋

餘部駅から集落へ下りる道をほぼ下りきった所から見た余部鉄橋

下りきると、余部鉄橋の基部を見ることができます。
余部鉄橋の基部

鉄橋の構造はボルト締めとなっているところもあります
が、リベット打ちの部分もかなりありました。当時はリ
ベットの方がおそらく一般的だったと思うのでボルト締
めの部分は、後年の補強工事によるものなのかなという
のが私の推測です。本当のところはどうなんでしょう
か?
リベットも使用されている余部鉄橋の基部

こちらは餘部駅の自転車置き場です。坂の上に作ると、
上っていくのがあまりに大変だということなのでしょう
か、坂を下りきった場所に設置されていました。
餘部駅の自転車置き場

余部の集落を歩くと、街の上に鉄橋があり、とても不思
議な印象です。
集落から見上げる余部鉄橋

真下から余部鉄橋を見上げる

建物のすぐ近くに建つ余部鉄橋

橋の全景を撮りたくて、国道 178 号を内陸側へかなり
歩いてみました。しかし小学校の校舎で隠れてしまう部
分が大きく、橋全体を上手く撮ることができません。
内陸側から見る余部鉄橋

田んぼの中にも舗装路が続いていたので、そこも歩いて
みました。圃場整備記念という碑があるところまで行っ
てみましたが、やはり写真撮影をすると小学校の校舎で
かなり広い部分が隠れてしまいます。
内陸側から見る余部鉄橋

少しまわりこんでみましたが、あんまり橋の全体がわか
る写真にはなりません。
内陸側、小学校上手から見る余部鉄橋

小学校の校庭に二宮金次郎像がありました。余部鉄橋と
この像はどちらが先にできたのでしょうか。
小学校校庭の二宮金次郎像と余部鉄橋

余部鉄橋の近くへ戻り、余部鉄橋列車転落事故の慰霊碑
を見つけました。国道 178 号に面したところにありま
す。現在の余部鉄橋のすぐ南側にあるので、新しい鉄橋
の工事区域に入ってしまうのではないかと思います。工
事は慰霊碑を避けるようにも実施できそうですが、移転
になるのかも知れません。ソフトウェアを扱う情報工学
は実際にモノを作る人に比べると本当に「ソフト」で、
いい加減な学問ですし、私が扱うような種類のソフト
ウェアは人の生死に関わるようなことはありませんが、
仮にも工学を学んだものとしては、こういった事故の慰
霊碑は、見かければなるべく参拝しておくようにしてい
ます。事故の犠牲となった方々の冥福をお祈りしまし
た。
余部鉄橋列車転落事故慰霊碑

この時点で 14:00 をまわっています。お腹もそこそこ
空いてきたので、慰霊碑の横に「cafe de かあら」とい
う喫茶店があったので、そこに入ってみました。この店
では無理を言って電源を貸していただき、かなり電池残
量が心もとなくなっていたデジタルカメラを充電させて
もらうことができました。ありがとうございました。
この店では余部鉄橋物語という駅弁を売っています。喫
茶店っぽい軽食でも、と思って入ったのですが、これは
記念になると思って駅弁のセットを頼みました。
余部鉄橋物語弁当 ランチ 1,250 円 (弁当 999 円 + コーヒー)

余部鉄橋のすぐ近くにあるので、窓からは外を見上げる
と、そこに「でで〜ん」と余部鉄橋があります。
cafe de かあら店内から見る余部鉄橋

昼食を終えてさらに鉄橋見物を続けます。ご存知の方も
多いと思いますが、余部鉄橋は架け替えが決定してい
て、既に新しい橋の建設工事が始まっています。橋のす
ぐ南側では、新鉄橋の基礎工事をやっていました。
新鉄橋工事現場

余部の街には、永尾山長橋寺という、集落の大きさのわ
りにはかなり立派なお寺があります。ここの三門は小ぶ
りですが、なかなか見ごたえのある彫り物がされていま
した。
永尾山長橋寺三門の見事な彫り物

三門のある場所からも余部鉄橋が見えます。
永尾山長橋寺三門と余部鉄橋

長橋寺の横には墓地が広がっています。ここからも橋が
見えます。地元の人の想いは簡単にはわかりませんが、
ここに住む人にとって、橋は常にそこに存在するものな
のでしょう。
墓地前の通路から見る余部鉄橋

墓地には、墓地の上の方へ続く道がありますが、そこに
立ち入っての写真撮影はしないようにとの掲示がありま
した。先ほどから橋の全景を撮ろうとすると小学校の
建物がどうしても入ってしまうということを書いていま
すが、この道の上からならば、角度的に橋のほぼ全景を
撮れそうです。私は正直言って少し悩みましたが、写真
を撮ることだけでなく、この先へ進むこと自体を遠慮す
ることにしました。
墓地の上へ続く階段からの写真撮影を遠慮するよう求める掲示

Wikipedia には余部鉄橋の全景写真があります。その写
真はおそらくこの上から (当然許可を得てのことと思い
ます) 撮影されたもののようです。この上に行くと、こ
んな感じで見えるようです。(下記のリンク先に写真が
あります)
余部鉄橋全景写真 (Wikipedia)その後、さらに全景を撮影できるところがないかと歩き
まわって、海側の堤防の先へも行って見ました。海側か
らだとあまり大きな建物はないのですが、堤防より下が
ることはできないので、私のコンパクトデジカメのレン
ズでは全景を入れることはできませんでした。
堤防から海越しに見る余部鉄橋

ただ、海側から見るとちょっとした発見がありました。
発見と言っても考えてみれば当たり前の事なのですが、
余部鉄橋につながる線路が、山の中腹に続いているのが
見えるのです。この写真だとかなりわかりにくいのです
が、橋の延長線上にコンクリートの構造物があるのが、
何とかわかるかと思います。
余部鉄橋の鎧駅側

こんな感じで余部鉄橋を撮るためだけに半日歩き回りま
した。銀河に乗るために帰らなければならない時間とな
り、餘部駅をあとにしました。
餘部駅駅舎内で記念撮影

大阪への帰りは、往路と違い、鳥取経由でスーパーはく
とで帰ります。餘部駅から再び気動車の普通列車に乗
り、浜坂駅で乗り継いで、鳥取駅へ向かいます。
浜坂駅で乗継

鳥取駅からは気動車特急スーパーはくとに乗車です。
スーパーはくと

特急車両とはいえ、気動車の車内はやはりディーゼル排
気で臭いのでは、と思って乗ったのですが、意外なこと
に、排気のにおいが全然しません。ディーゼルエンジン
の音がむちゃくちゃやかましい以外は、振動もにおいも
電車並みでした。気動車も進化してるんですね。
乗ったのは普通指定席なのですが、なぜか 2 列目だけ大
きな椅子がついていました。なぜなのかはわかりません
でした。
少し大きいスーパーはくと 2 列目の座席

少し大きいスーパーはくと 2 列目の座席

また、禁煙席に乗ったのですが、座席には灰皿がついて
いました。車両の新しさや、車内にタバコ染みが全くな
いことから、この車両は新造時から (あるいはアコモ
デーションの全面改装を行っていたとしたら、その時か
ら) 禁煙だったはずなのに、なぜ灰皿をわざわざ設置し
たのでしょうか。もしかすると、見た目では新しくみえ
た椅子ですが、JR から古い特急列車の椅子を払い下げ
てもらって、表面だけ張り替えて使っているのかも知れ
ません。
灰皿付きの座席
東京駅銀河に乗るまでに東京駅で駅舎や列車を見物しました。
中央線ホームから見る丸の内駅舎北口の仮屋根です。仮
と言っても戦後はずっとこの姿で、私にとってはこれが
東京駅の姿なのです。今さら元に戻すといわれてもなじ
めないし、この形はけっこう好きだったりもするのです
が、復元工事はもう始まってしまいました。このシンプ
ルな屋根は、もうしばらくすると見れなくなってしまい
ます。
丸の内駅舎北口仮屋根

駅舎の内側でも工事をしていました。
丸の内駅舎ドーム内で開始された復元工事

駅舎の前の広場もかなり広い範囲が囲われて工事中でし
た。全然関係ありませんが、駅前ロータリーって、左側
通行の日本では普通右回りで、駅を背にして立つと、車
は右から来るのが普通ですが、なぜか東京駅の駅前ロー
タリーって、左側から車が入ってくる構造になっていま
すよね。そこまでオランダの真似をしたっていうことな
んでしょうか?
工事中の東京駅

中央線ホームの真下の通路には CD ショップがあります
が、ここには場所柄か、鉄道 DVD & CD コーナーがあり
ました。とても充実しています。
鉄道 DVD & CD コーナー

だいぶ時間に余裕があるので、東京駅に残る歴史の跡も
少し見物してきました。原首相と浜口首相遭難現場の碑
です。原首相遭難現場は、東京駅丸の内南口ドーム内
(改札外)、浜口首相遭難現場は、コンコースの中で、新
幹線への乗り換え改札へ向かう幅の広い階段状の部分の
近くにあります。
どちらも現場の床は茶色い床材がはめ込まれていて、近
くに由来を書いたプレートがあります。
原首相遭難現場

浜口首相遭難現場 (新幹線改札側の幅の広い階段の途中
から撮影)

東京駅の東海道線 10 番ホームは、行先には遠くの地名
が並び、旅情を感じる、やはり特別なホームです。
大阪・出雲市・高松・大分・熊本方面

今回 2008/03/15(土) のダイヤ改正で銀河が廃止となる
わけですが、寝台特急富士とはやぶさも、次回 2009/03
のダイヤ改正で廃止になるとのもっぱらの噂です。旅へ
の期待を感じさせるこれらの乗車位置標識も、もうすぐ
見納めとなります。
寝台特急富士の乗車位置標識

寝台急行銀河の乗車位置標識

このホームからはかつては、さくら、あさかぜ、富士、
はやぶさ、出雲といった寝台列車が次々と出発して行っ
ていたのですが、現在は併結されて 1 本の列車になっ
てしまった富士とはやぶさ、サンライズエクスプレス、
そして廃止の決まった銀河の 3 本しかありません。そ
の最初の列車、富士・はやぶさが入線してきました。
はやぶさのテールマーク

はやぶさの行先表示板

富士の行先表示板

富士のテールマーク

富士のテールマークの写真に写っている EF 65 は入線
時に富士・はやぶさを曳いてきた機関車です。
そして東海道寝台列車唯一の希望、サンライズ瀬戸・出
雲 285 系電車です。JR は 285 系の予備編成で臨時列
車サンライズゆめを時々走らせています。285 系を増備
して、サンライズゆめを、現行銀河のダイヤで走らせて
くれるのではないかというのは、多くの鉄道ファンが
持っている希望だと思います。
サンライズ瀬戸・出雲 285 系寝台電車

10 番ホームの向かい側は東北・上越・長野新幹線の
ホームです。10 番ホームで東海道線の列車を撮ってい
る間に新幹線の車両も色々出入りしていましたが、やは
り気になるのはこの電車です。
200 系新幹線電車

200 系もだんだん廃車されていっているですし、このカ
ラーリングは確か復活させたものだったと思いますが、
これもまもなく見れなくなってしまうのでしょう。
銀河には食堂車はもちろん、車内販売も、自動販売機も
ありません。出発するとすぐに減灯してしまうという事
もあるので、駅弁を買って、東京駅で食べてしまう事に
しました。今回買った駅弁は、「鉄子の旅プロデュース
日本縦断弁当〜まるごと北海道編〜」です。
鉄子の旅プロデュース日本縦断弁当〜まるごと北海道編〜

日本縦断弁当の中身

駅弁なのに漫画付きです。
日本縦断弁当付録の漫画
上野駅銀河が出発するまではかなり時間があったので、上野駅
でも列車見物をしてきました。
上野駅といえば、パンダと石川啄木の碑です。
--------------------------------------------------
ふるさとの 訛なつかし
停車場の 人ごみの中に
そを 聴きにゆく
啄木
--------------------------------------------------
私は東北出身ではありませんが、奈良出身の田舎者なの
で、この故郷を想う詩を見ると、なんとなくじ〜んとし
てしまいます。
石川啄木の詩碑

他の駅ではあまり見ませんが、上野駅の 16、17 番ホー
ムは特急専用で、特急券を見る改札が付いています。
ホームの上には飾りのアーチがあり、ちょっと立派な感
じになっています。
特急専用 16、17 番ホーム

ここから、常磐本線、上越本線 (高崎線) 方面へと色々
な特急列車が出発して行きます。JR になってから行先
別に色々な特急車両が作らるようになりましたが、ひた
ちに使われている 651 系電車はその端緒となった電車
で、この列車の写真を見た時は「国鉄ではなくなったん
だなぁ」と強い印象を受けた事を覚えています。
フレッシュひたち 651 系電車

スーパーひたち 59 号勝田行?

スーパーひたち 653 系電車

一方こちらは 185 系電車です。特急から各駅停車まで
使いまわせる車両というのは運用側には都合がいいので
しょうが、やはり内外装とも見劣りします。JR になっ
てから急行が削減されて特急化されたり、逆に廃止され
たりしていますが、このような中途半端な特急は急行に
戻して料金を安くすればいいと思います。
あかぎ 185 系電車

上野駅の 13 番ホームもまた特別なホームです。カシオ
ペア、北斗星、あけぼの、北陸といった長距離夜行列車
が出発していくこのホームには独特の雰囲気がありま
す。ホームそのものが持つ雰囲気や、あまり列車が出入
りしない事などもそうなのですが、やはりそのホームに
居る人が、遠くへ行くという「旅」の雰囲気を作ってい
るのだと思います。この日はカシオペアは札幌発が運行
されている日だったので見れず、北斗星とあけぼのだけ
を見てきました。
北斗星 1 号 (JR 北海道編成)

いまや絶滅危惧種となってしまった食堂車が連結されて
います。かつては東京駅発の九州方面寝台特急も食堂車
が連結されていたのですが、利用率が低いということで
メニューがどんどん簡略化されて、そのためさらに利用
率が下がる悪循環の末に完全廃止されてしまいました。
北斗星の食堂車は高級化することで生き残ったわけで
す。こうやって見るとやはり夜行列車に食堂車は似合う
なぁと思います。出発時に食堂車の従業員の人が車内に
並んでホームに向かって挨拶をしてくれるのも非常に雰
囲気があります。
北斗星 1 号 (JR 北海道編成) 食堂車

憧れの列車だったはずの北斗星ですが、車体のメンテナ
ンスはいい加減なもので、塗装がはがれてボロボロのま
ま運用されています。それなりに高い料金を取る列車な
のですから、こういう部分はちゃんと塗装し直して、よ
い車体状態を維持してもらいたいものです。
ボロボロの北斗星 1 号 (JR 北海道編成) 車両

こちらは北斗星 3 号の食堂車です。ちょっと現代的な
感じの内装で、北斗星 1 号の食堂車とは雰囲気が違い
ます。JR 北海道の車両である北斗星 1 号の方がいい感
じがします。
北斗星 3 号 (JR 東日本編成) 食堂車

北斗星の電源車は荷物車でもあります。かつては実際に
それなりに荷物を運んでいたそうですが、現在はこれら
の列車で運ばれる荷物はほとんどありません。でも少し
は残っているようです。
ちゃんと荷物も運んでいるカニ 24

上野駅 13 番ホームはカシオペアや北斗星の出発ホーム
ということで、列車を待つためのスペースがあります。
五ツ星広場という立派な名前とは裏腹に、吹きさらしの
場所に椅子が並んでいるだけで、豪華列車の旅に出かけ
る気分を盛り上げるどころか、台無しにしてしまうよう
な寂しい施設です。ガラスで仕切って駅弁やお茶を売る
売店を併設するなど、改善してもらいたいものです。
五ツ星広場

北斗星の後には、あけぼのが出発して行きます。この後
北陸も発車するのですが、北陸を見ていると銀河に間に
合うように東京駅へ行くことができないので、今回の上
野での列車見物はあけぼのが最後です。
あけぼのテールマーク

あけぼのヘッドマーク

あけぼのはガラガラなんだろうなと予想していたのです
が、不思議なことに、8 割程度の乗車率でした。大宮あ
たりから乗ってくる人もいるはずなので、ほぼ満席だっ
たようです。寝台特急がどれもいつもあんな調子なら廃
止論なんて出てこないはずなのですが、なぜこの日のあ
けぼのはあんなに混んでいたのでしょうか。不思議で
す。
あけぼのには「ゴロンとシート」という車両が連結され
ています。以前鉄道関係の雑誌で見ていたはずなのに、
実物を見るまでなぜかお座敷列車のような車両と勘違い
していました。実際は 2 段式 B 寝台そのものです。で
も寝台用のシーツ、掛け布団、枕などが準備されていま
せん。なので名目上は「座席」なのですが、実際の形状
は B 寝台なので、横になって寝れるという車両です。
この車両もほとんど満席でした。
あけぼのゴロンとシートマーク

あけぼのゴロンとシート

横になれるのはいいかも知れませんが、なんとなく寒そ
うな感じです。
あと、13 番ホームは昼間は通常の東北本線 (宇都宮
線)、上越本線 (高崎線) の列車も発車するので、他の
ホーム同様所要時間案内表示があります。でも不思議な
ことに全く同じ内容の表示板が 2 枚ずつセットで掲示
されています。よく見比べてみましたが、2 つの内容に
違いは見つけられませんでした。非常に不思議です。
上野駅の所要時間案内表示板
大阪駅銀河の到着駅、大阪駅も少し見物してみました。
大阪駅は見慣れない列車が多くて面白いです。こちらは
臨時特急「かにカニエクスプレス」です。列車名がイカ
しすぎです。みどりの窓口で「かにカニエクスプレス」
の指定券くださいって言うのは、けっこう恥ずかしいか
も知れません。
かにカニエクスプレス 181 系気動車

こちらは雷鳥です。
雷鳥 485 系電車

大阪駅では途中下車して駅周辺を少し歩いてみました。
駅の北口には梅田貨物駅の一部が廃止され、再開発工事
がスタートしています。駅の北口も同時に再開発される
ようで、工事をしていました。
工事中の JR 大阪駅北口


梅田貨物駅側の工事囲いは、いたずらされて壊れている
のかと思いましたが、わざとこうしてあるようです。
不思議な工事現場囲い板

不思議な工事現場囲い板の説明

駅から少し西の方へ歩くと大阪動物専門学校がありま
す。窓から犬が顔をだしています。
大阪動物専門学校

でかい...
でかい犬

かわいいけど、ちょっと怖くもありました。